2011/12/31

Twitterまとめ 37 『Noriko』

2011年07月29日(金)

「できないっ!」と、思った瞬間に出来なくなる気がする。

「精神論はイヤなんだよね。
 頑張ればできるとか、気力で乗り越えられるとか」
 
って言う人がいた。
 
人間はなかなか面白い作りになってるから、
『自己暗示』を利用しない手は無いよ。
 自分で自分の限界を勝手に決めたら勿体ない。

私の場合、できないかもな~と、ちょこっと思いかけてても
「何いってんのよ、出来るから、大丈夫!ほら出来るって!
出来るに決まってるから出来るんだって!」などと、
根拠のないままにw笑い飛ばすように『言葉』にして
口から出してると元気になってその気になる。

『Noriko』 http://t.co/yjNxUJ1 
どんな理不尽も不条理も、壊せないもの奪えないもの… 

**********************

2011年7月29日の、私のツイートのまとめ。
 
妹の誕生日が7月31日で、
その日が近づくと、毎年いろんな事を考える。

『Noriko』は、妹の名前であり 
私にとっての究極の『復活の呪文』かもしれない。
 
どんなに辛く思える時でも、
あの人生よりはまだまだ恵まれていて幸せだから、
弱音を吐いたら恥ずかしいと思う。

たった1本の予防接種のせいで… 
あんなに元気だった子が
わずか1歳半で、しゃべれなくなり、食べられなくなり、
麻痺と痙攣に苦しめられる日々。

それでも、
28歳で天に召される日まで、懸命に生き抜いてくれた。
何度も危篤状態を乗り越えて、家族と共に過ごしてくれた。

あの無垢な笑顔が忘れられない。

身体だけ大人になり、心は赤ちゃんのまま
でも、家族みんなが心から愛した。

何もできなくてもいい、生きていてくれただけで奇跡だと思った。

外の世界を知らない。
綺麗なものも、美味しいものも、人を好きになる事も。 
家族と病院があの子の世界のすべてだった。

私は、この2歳年下の妹の世話を出来る事を誇りに思っていた。

小学校に上がる前から、布おむつを毎日のように手洗いし
流動食用のミルクを作って飲ませた。
おぶって庭を散歩させ、話しかけ、歌いかけ、
お風呂に入れ、身体をさすって添い寝した。

家族全員で支えなければ、
きっとあれほどまでには長生きできなかった。

しばらく小児病棟に入院していたが、
当時一緒だった子ども達はみんなそれから数年のうちに亡くなっていた。
何と切ない事だろう…。

そんな病人が家族にいると、
何処から聞きつけてくるのか、奇妙な人達がくる。

本人たちは善意かもしれないが、
したり顔で色々な事を、何故か上から目線で言ってくる彼らが
私はどうしても好きになれず、子ども心に哀れとさえ思っていた。

誰かの救いになるならそれでもいいのだろうけど、
少なくとも自分の心は自分にしか救えない。

他人の家の問題に喧しく口を差し挟む暇があったら、
もっと自分を磨いて、人の不愉快の素にならぬよう、
ちゃんと『大人』を務めて欲しいと思っていた。

…子どもだった私は、今よりもっと率直だったから。

でも、大人と思われる年齢のその人達にも、
悲しみや苦しみや、抱えているものが沢山あったのだろう。

今ならもう少し、
温かい気持ちで対応できるかもしれない。

命は儚いけれど、だからこそ尊い。
誰でもいつかは、遠い場所へいく日がくるのだ。

あの、最期の時に、
この腕の中で、次第に冷たくなっていく愛しい命に、
ただただ泣くしかなかった。

それでも、苦しみから解放されたんだと、
そう思うしかなかった。

生きている人間が、
いま与えられている時間がどれほど大切で、
無駄にしては勿体ないかと言う事を
えぐられるように思い出す瞬間があるとしたら
…誰か、大切な人の命が失われた時かもしれない。

私は妹の名前をつぶやく時、いつも考える。
「私はちゃんと生きてる?出来る事を一生懸命やってる?」

妹の存在を知る人は少ない。
28年の人生は、まるで 
知っている人が共通してみた『夢』みたいだ

でも、辛い時や哀しい時に、
いつも心の中で私を強く支えてくれるのは、その妹の命・人生だ。

意味の無い人生なんてない。…そう信じている。

だから、妹の命と人生に意味を込められるのは、
残された私や、もう一人の妹の生き方なんだろうと思う。

だから、きっと幸せになる。
そのために自分に出来る事をやる。

妹に、私のまわりの沢山の人に、心から感謝している。
この1年の終わりの日に、
命の意味と、そして生き方というものを、胸の奥深くでそっと確認してみる。

2011/12/30

Twitterまとめ 36 アインシュタイン

2011年07月26日(火)

『アインシュタイン名言集』が思いの外面白くて、時間が経つのを忘 れていた。

『宗教なき科学は不具であり、科学なき宗教は盲目である。』

『数えられるものすべてに価値があるとは限らない。
 価値あるものすべてが数えられるとは限らない。』

『宇宙で最も強大な力は複利である。』


喉が渇いたのでキッチンへ行って乳酸菌にぶどうジュース入れてグビグビ。
ああ、生きてるな~、私!って感じ。

アインシュタイン名言集より

『怒りは、愚か者の胸にしか住み着かないものだ。』

『利口な人は問題を解決する。 賢明な人は問題を避ける。』

『昨日から学び、今日を生き、明日へ期待しよう。』

今年は夏スク参加できなかった。諸事情あって仕方ないけど寂しい。 
でも、それどころか休学になる可能性が大なんだな。。。やはり落ち込む。

人と比べても仕方ない。私には私の道がある。
冷静に優先順位をつけると、どうして もそうなってしまうんだ。
言い訳いらない、これが現実。

ずっと昔、短時間にとんでもない大雨が降って、
遠くに外出していた私は、腰まで水につかりながら、
まったく見えない足元に怯えながら、必死で歩いて家に帰った事があった。
その時は、不思議なくらいに何もかもが有難く感じられた。
生きていくのに絶対的に必要な物は、そんなに多くないかもしれない。

それは、きっとどこでもいいんだ。
慣れ親しんだ土地でも、まったく見知らぬ土地でも。
どんな場所でも、愛する家族のいるところが、私の帰る『家』。

一度出した言葉は、自分の分身・子ども生んだのと同じで、
ひっこめ ることができないから、できるだけ注意深く言葉と表現を選んでいるつもり。
それは、修正がメンドイからに他ならない。
感謝するのは大好きだけど、謝るのが嫌いな私は、精神的にどこか未熟児なんだ。
だから、謝らなくて良い言葉を選ぶ。

*****************

7月26日~7月29日のツイートのまとめです
なんと、もう、5ヶ月も前のお話(笑)
で、5ヶ月前の自分の言葉に自分が元気もらいました

この頃の私には、今起こっている事は信じられないだろうな。
教えてあげられるものなら教えてあげたいけど出来ないものは仕方ない。

まあ、いつだって、過去は変えられないけど、
今を動かせるのは自分なんだか、今を積み重ねて、望む方向に未来を動かそう。

今年も後、1日とちょっと…

2011/12/29

他人の愚行を嘲笑するのがお好き?

locust0138さんから、コメントを頂きました。

恐らくですが、この方はご自分が今まで
いろいろなブログや掲示板から締め出された事の原因が
ご自分の未熟さにあることはお気づきではないでしょう。

私へのコメントの中でlocust0138さんが多用される言葉
「腐った米のとぎ汁」「盲信」「愚行」「現実逃避」「妄想」
このこと一つとっても、locust0138さんの性質の特徴が分かり易く出ています。

この方は、ご自分で仰っていた、「他人の愚行を嘲笑するのが好き」なのではなく
自分が他人に対して影響力がある状態がお好きなのでしょう。

自分が人を愉快にしたり不愉快にしたり怒らせたり
それを、自分の力によって他人を動かしていると勘違いされているのではないか
と思います。

正直に申しますと、
私がここまで人に対して非礼な言葉や表現をしたのは初めてでした。
それは、こんなささやかなブログに熱心に丁寧に何度も何度もコメントを下さり
私の拙い返信コメントにもお返事くださったその事に対する私なりの誠意でした。

でも、恐らくこの方にはまだまだこの先何年も理解する事は出来ないでしょう。

人との上手な距離感が保てない人が、自分なりの偏った価値観だけで人に接しても
応える義務の無い人間にとっては単なる困惑の種なのです。

幾つものブログでlocust0138さんが繰り広げてきたやりとりの結果を
この方は自分の都合のよい解釈でしか受け止めていらっしゃらないのです。
何故、その場所から締め出されたのか?出入り禁止にされたのか?

みんな、locust0138さんが正しいから煙たいのではなく
奇妙過ぎて、偏り過ぎて、未熟過ぎてうんざりしてしまわれたんだと思います。
私も、この方なりのご批判や分析はご自由だと思いますが
その的外れさに、さすがにガッカリしてきました。

どんな根拠かは分かりませんが、それほどご自分の判断に自信があるなら
ここまで他人に依存したりせず、ご自分で実験なり検証なり分析なりを積み重ねて
もっと堂々と自説を主張なさったら良いのです。
立派なご自分のブログがおありなのですから。

人のしている事を遠くから批判だけするのは一番簡単です。
でも、普通の人間は、そんな人の言葉には耳を貸しません。
私も、今のlocust0138さんを理解することはできませんし
残念ながら積極的に理解したいと感じる人でもありません。

それは私がこの夏から locust0138さんとやりとりしてきて
漠然と感じながらも放置してきた率直な感想で、
ここ数日でさらにその感を強めました。

この方は、ご自分で気づいていらっしゃるかどうかは別にして
対人間における問題の解決能力があまり高くありません。
それはご自分の中の偏りに目をつぶっているからです。
そして、ほとんどの場合
最初に決めた自分の中での相手の位置を変えないのでしょう。
これは思考力が柔軟でないとも言えるかもしれません。

最初に見下せば、
その後何があってもその見下した目線で見る。
だから、正しくものを判断できていないのです。 
見下されて嬉しい人間など一人もいませんし、
自分を見下す人の言葉を喜んで受け止める奇特な方も多くはありません。

この方は、相手の反応が自分の思うような展開にならない場合
その判断の帳尻を合わせようと、必死に挑発して
不愉快から生じる相手の言葉や表現のミスを待ちうける。
その為に、相手が嫌がりそうな言葉や表現を選択し多用する。
中途半端に頭の良い人にはよくいるタイプです。

こういう方は、
人のことは辛辣に批判する半面、自分への批判には腹を立てます。
一旦抱いた自分の中の悪感情の抑えがきかないのでいつまでも根に持ち
牛の食物消化の反芻運動の如く、報復じみた腹いせを繰り返します。

勿論、別の理由を大義名分に掲げて行われることがほとんどです。
また、面白い事に、そう言う人に限って
「自分は何を言われても平気」と必ず付け加えるのです。
本当に平気な人は、そんな事は言わないんです。

locust0138さんが私に対してされる『ご批判』は、今となっては、
思い通りにならないものに対する軽い苛立ちと
自分が気に入らない事を言われた若干の腹いせを体よく織り交ぜながら
でも「誤った情報を批判する、糺す」という最初の名目は取りあえず掲げて、
拒絶される心配のないこの場所で、憂さ晴らしがてら暇つぶしをしている
…という感じです。
本当にお暇な方だと思います。

前に、ご本人も仰っていました

>私はおかしな物を信じている方をからかって遊ぶという
>下衆な趣味があります。  
>管理人様をターゲットに選んだのは、  
>ブログの記述が実に痛々しくて、  
>からかったら面白そうだと思ったからです。  
>大した意図はありません。言わば、ただの愉快犯です。

locust0138さんが、本当に正しい情報を発信したいなら
乳酸菌を家庭で利用する事の危険性を主張したいなら
ここで、私相手につまらない時間を費やしていないで
その分、実験して検証して危険性とやらをご自身が立証されれば良いのです。
簡単な事です。普通の家庭の主婦たちが家事の中でやっている事です。

いつまでも古い情報に固執して的外れな批判をしていても
単なる自己満足か、いらぬお節介でしかありません。

>管理人様に限らず、 
>腐った米のとぎ汁を盲信する方は子供のいる女性が多いようです。 
>そして批判されると、 
>「子供を守りたいという母親の気持ちがわからないのか」 
>と感情的に反発します。

個人のブログの記事内容に固執して、
自分はやりもしない事を知ったかぶりして批判しながら
いつまでもグルグルと同じ様なコメントを書き続けている人より、
お米のとぎ汁や、蓬の乳酸菌を活用して何かできないかと
毎日一生懸命に、でも楽しみながら試行錯誤している人の方が
私にはずっとずっと冷静に見えます。
感情的に反発しているだなどと、受け取る方が感情的です。

もし、どこかのブログ等で感情的に反発されたと感じたとしたら
それは locust0138さんご自身に原因があるのではないかと思います。

>私がなぜ他人の批判ばかりしているのか理解できないようですが、 
>理由は極めて単純です。  
>他人の愚行を嘲笑するのは非常に楽しいのですよ。 
>私は愚行を犯す人間を見て喜ぶのです。

普通の人間は、こういった異常性癖を持つ人は嫌悪します。
そして、避けようとするものです。
何故なら、関わって楽しいことなどひとつもないからです。

>見たくない物、知りたくない物は全て無視している方が
>「心の扉を開こう」と述べても、説得力が皆無です。 

見たくないもの、知りたくないもの、世の中には沢山あります。
屁理屈を並べたてて人の感情を害する事を楽しむ異常性癖の人も
私が見たくないもののひとつです。

説得力があるかないか…そんな事を気にしている割に、
そのご本人に説得力がないのは何故なんでしょうか? 
今まで、誰も説得出来ていないのは誰でしょうか?

私の心が閉鎖的なら、とっくにlocust0138さんのコメントは無視したまま
削除して、アクセス禁止にしたと思います。

私が選択して試行錯誤しながらやっている事です。
誰のせいにするでもなく、自分の責任においてやっている事なのです。
よく知りもせず、自分は試しもせず、
頭の中だけで考えて、或いは他人の書いた批判に乗っかって
つまらない憂さ晴らしをするのはそろそろ終わりにして欲しいです。

それに、一度撤退されたなら、潔くそのままでいられた方が
まだ幾ばくかの真摯さと説得力は感じられたかも知れません。

locust0138さんのコメントが突っ込みどころ満載なので
それについてコメントしたいけれど
その人に燃料投下してまた粘着されても迷惑でしょうから…

といったコメントを頂きました。

このブログに遊びに来てくださっている方々から
locust0138さんからのコメントを私が載せるのは
あまりよろしくないのでは?と言われることが多いです。
「時間の無駄だから、上手にスル―してくださいね」
と、アドバイスしてくださった方々が何人もいらっしゃいます

locust0138さんがもう書き込みしないと言われて
その後また戻ってこられてからの記事については
頂いたコメントやメッセージはほとんどがそうでした。

今後は locust0138さんから頂いたコメントは
普通のブログ記事と一緒にしない方がいいのかなと。
いまは『未熟の部屋』にまとめてあるのですが…
ただ、私はコメント拒否や出入り禁止は基本的にしたくありません。
いただいたコメントは100%目を通しますし
可能な時には返信コメントをさせていただきたいのです。
今日のところは…
でも、これからは、ちょっと考えてみますね。

本日も乳酸菌達は元気です。
豆乳ヨーグルトはバナナを入れていただきました。

今年も、あと2日半で終わりなんですね
新しい年を気持ちよく迎えられるよう、
本日も整理整頓の1日になりそうです。

以下、 locust0138さんからのコメントです。
食品安全についての専門家をご紹介いただいています。
もしご参考にされる方がいらっしゃればどうぞ。

************************

管理人様が決意と信念をお持ちであることは読み取れますが、
やっていることは腐った米のとぎ汁を盲信することですから、
ギャップがあまりに大きすぎます。 

腐った米のとぎ汁が放射線の害を防ぐという証明は
全くなされていないのですから、
管理人様の信念が正しいという根拠はどこにもありません。
管理人様は楽観主義者ではなくただの現実逃避家、妄想家です。
信念や決意を語るならば根拠も提示して下さい。 

管理人様の信念が間違っている
(少なくとも、現時点では正しいという根拠はない)以上、
「情報源が偏っていて信頼性に欠ける」のは当然でしょう。


⇒管理人様が心を開く対象は
自分の信念に合う情報、賛同してくれる人間だけですね。
見たくない物、知りたくない物は全て無視している方が
「心の扉を開こう」と述べても、説得力が皆無です。 

「理系出身の方にも、こういうタイプがいるんだなあ」
⇒科学者になるために日々勉強に勤しんでいるのに、
母親の非科学的な行為を黙認する理系大学生もいますね。 

食品安全性について関心をお持ちのようなので、専門家の方々を紹介します。

松永和紀(フリー科学ジャーナリスト) 
畝山智香子(国立医薬品食品衛生研究所;前回も紹介しました) 
中西準子(産業技術総合研究所) 
高橋久仁子(群馬大学教授) 
以上の方々は全て女性で母親です(多分)。

管理人様に限らず、腐った米のとぎ汁を盲信する方は子供のいる女性が多いようです。
そして批判されると、「子供を守りたいという母親の気持ちがわからないのか」
と感情的に反発します。

一方、上に挙げた方々は自らも母親でありながら、
食品の安全性について冷静かつ客観的に研究し、情報発信に努めています。
著書は簡単に手に入りますので、お読みになることをお勧め致します。 
たまには前向きな情報提供も行わないと、ただの人格破綻者だと思われてしまうので。 

************************ 

locust0138さんは、批判する側に立証責任は無いと言ってらっしゃいますが
それは全く間違っています。批判する側に、立証責任はあります。
それは、『害がある』という根拠の提示です。
今のままでは、具体的な被害の実態と、因果関係の提示なしに批判しているだけです。 

「腐った米のとぎ汁」と連呼していながら、腐っているという証明は提示しない。

いつ、誰が、何処で、腐った米のとぎ汁によって被害を受けたのか?
検証もしないで、感情的に批判と中傷を繰り返しているのは貴方です。

また、その批判が正当であると立証できてもできなくても、
この方が私のブログでされている事は、誹謗中傷・名誉棄損に該当するそうです。


まあ、どちらにしても…メンドクサイお話ですね。

2011/12/28

前向きなことを話しつづける義務

午前4時前から起きているぼや~っとした頭で
PCつけて適当にあれこれ見ていたら、こんな言葉が目に入った。

『困難な時というのは、人々がそれを予期している時に、
そして予期している場所にやってくる傾向があります。

景気後退を予期するという
まさにその行為が景気後退を招くのです。

ですから、状況がどれほど深刻化するかは、
大勢の人々が内心どれほど状況が悪くなると考えているのかによります。

楽観主義の人たち、よく聞いてください。
あなた方には前向きなことを話しつづける義務があります!』

何かの意見を目にした時
言っている人の背景とか、その話の正当性や根拠が重要な場合もあるが
何よりもまず、心に響くかどうか…
それがその意見を受け入れるかどうかの基準になったりもする。

残念ながら、同じ事を違う人が言っただけで
その言葉の価値がガクンと下がって感じるのは本当にあるけど(笑)

でも、できれば背景抜きにして
ストンっと受け入れたいなぁって言葉もある。

上の言葉もそうだった。

正しいか正しくないかだけが基準だと
個々人の価値観によって、評価が180度変わる場合もある。

でも、
素直に心に落ちてくる言葉を
前向きなエネルギーに変える事は間違ってはいないと思う。

精神論だけで渡っていけるほど世間は甘くないと
いろんな人は言うし、私もなるほどなぁと思う。

でも、精神が与える影響を考えずに何かできるようには
人間はできていないとも思う。
目に見えないから大したことじゃないなんて
それこそ、すっとぼけた考え方だよね(笑)

目に見えないものをエネルギーにして
人間が具体的な行動を取ることで形になっていく。

だから、その時のエネルギーの質って大事(笑)

楽観主義の人たち、よく聞いてください。
あなた方には前向きなことを話しつづける義務があります!

楽観主義者は、能天気だ、お気楽だ、無責任だと
往々にしてたしなめられ易いが(遠い目)

なんのなんの、そんなものはものともせずに
明るく前向きな事を心から信じて言い続けるのが本物の楽観主義者(笑)

楽観主義者が何もしないと思ったら大間違い。

自分で自分を元気にできる人間は
前向きな事をしないではいられないのだ
…オソロシイ事に。

でも、誰かにこういう風に言ってもらうと
さらに気持ちよく楽観主義を楽しめるんだな。

ちなみに、楽観主義の意味を勘違いしてはいけない(笑)

例は悪いかもしれないが…

3.11の大震災後の原発事故に関して言えば

①大丈夫、きっとそのうち、誰かが何とかしてくれる♪

②微量の放射線なら逆に健康になるって言うから平気♪

③偉い学者さんが大丈夫って言ってるから心配ない♪

…これは、楽観主義ではなく『馬っ鹿ん主義』だな
よーく見れば、これらは他者依存しているだけなのだ。

大変な状況に目をつぶって、
「大丈夫♪大丈夫♪」と言い続けて何もしないのは
エセ楽観主義・疑似楽観主義。

大変な状況だけど、挫けてても仕方ないから
今できる事をやりながら頑張って生き延びていくぞ~!

まだまだ、できる事はいっぱいあるはずだし、
絶対にこの危機を乗り越えていこー!

…そう思い、なおかつ、
その為に具体的に動くのが正しい楽観主義(笑)

厳しい現実は現実としてとらえるが
悲観したり、絶望したり、挫けたりせずに
自分に出来る事を探して試行錯誤しながら
明るい未来を目指すのだっ。

人間の行動は、先ず最初は、気持ちからスタートする

大変な状況であればある程、
自分の脳に言い聞かせる指令は
「まだまだやれる事はあるんだよ~♪頑張れ~!」
であった方が、明るい未来に近いのだっ!

楽観主義の人たち、よく聞いてください。
あなた方には前向きなことを話しつづける義務があります!

前向きな話をしている人に、水を差そうとするのは野暮ってもんです。


もしかしたら誰かの元気や勇気や希望や救いの
小さなきっかけになるかも知れないのに、
自分の中の基準や価値観に合わないからとか、
非科学的とか迷信とか盲信とか、
そんな、器のちっちゃいこと言ってないで…


自分の知らないことだっていっぱいあるんだから
謙虚に、でも素直に(笑)見守る度量を持っていきましょう

誰でも最初は赤ん坊、
何も知らないところから段々と成長していくのです。


でも、何も知らなくて、何もできないはずの赤ちゃんに
人は見ているだけで癒される…


それは赤ちゃんが恐くないから。
自分を傷つける存在ではないし、
自分をいらつかせる存在ではないから。


そして、無限の可能性を持つ未来と無垢なものに
人間は魅かれるからだと思う。


だから攻撃的な人っていうのは
きっと恐いんだろうなあと思うわけです。


恐いから、自分が揺らがないようにって
無意識の自己防衛が働いて
攻撃的になるんだろうなあって…


金持ちケンカせずと言いますが
ケンカして得な事はひとっつもないし、
時間と精神の無駄遣い。


ケンカと議論は違います。

でも、キチンと議論したいならそれなりの条件が必要だし
自説を押し付けるための説得は議論じゃないかな~と。


だから、子どもには議論ができません。
必ずケンカになっちゃいます(笑)

いきつく先は「お前の母ちゃん、でーべーそ!」的な
誹謗中傷・罵詈雑言・人格否定の雨嵐(笑)


また、ホントに賢い人は、
攻撃してこない人間に牙をむいたりしません(笑)
弱い犬ほどよく吠えるってヤツにも似てますね。


こんな大変な時だからこそ、
明るい気持ちを持って、良い未来を信じて
自分に出来る事を一生懸命頑張っていく…

その為の最初のエネルギーやきっかけを
前向きな事を話し続ける人達がくれるわけです。


楽観主義の人たち、よく聞いてください。
あなた方には前向きなことを話しつづける義務があります!


自分の不安や苛立ちや負の感情を、
他人を攻撃する事で憂さ晴らししようとするのは
他者への依存の一種です。


自分で自分の心の問題を解決できない人に、
他人の問題に口出しされても迷惑なだけ。
先ず、自分がひとりでしっかりと前向きに立って
自分を信じ、人を信じ、
できる事をどんどんやって、自信を持って
そして、
関わる相手に何か勇気や元気や希望を
感じてもらえるようになれたらいいなと思います。

そんな関わり方が広がっていけば、
それぞれが持っているものを充分に発揮できて、

なおかつ、合わさった力が何倍にもなる効果が出て
思い・語っていた明るい未来が、
どんどん現実に近づいていく気がします。

自分の力は、自分の為に誰かの為に活かされてはじめて幸せを感じる。

楽観主義の人たち、よく聞いてください。
あなた方には前向きなことを話しつづける義務があります!

心の扉は開いておいた方が楽しい。
そこからやってくるどんなものも、
いつかきっと良いエネルギーにできる時がくると信じてる。
どんなときも、自分次第。

2011/12/27

バードウォッチングのようなもの?(コメントから)

locust0138さんより、
非常に素早く再度のコメントを頂きました(笑)
時間も時間なのでお返事は後日にしようかなぁ?と
考えながら読ませていただいておりましたが

非常に残念な発見もあり、取りあえず、ざざっとお返事する事に致しました。

*************************

ご回答ありがとうございます。 
「玄米は白米より放射線のリスクが大きい」と
指摘したことに対する反論はありませんね。

放射線のリスクを軽減するために玄米を食べているのではなかったのですか? 
本末転倒では? 

「問題なのは、白米か玄米かなどという単純な比較ではないのです」
ということならば、なぜ玄米に固執するのですか? 

私は研究者と付き合うのが仕事なので、
自分より賢い人間が世の中にはいくらでもいることぐらいよく知っております。

自分では謙虚で温厚な人間だと思っております。 
ただ、以前にもお伝えしたように、
からかって面白そうな相手には必要以上に攻撃的になるだけです。

また、「相手の逃げ道を断ち、反論できない状態に追い込んで
無抵抗の相手を叩きのめす悪い癖がある」と以前指摘されたことがあります。
今回もそうですね。


その癖を直すつもりは全くありませんが。
他人を批判してはいけないという法的・倫理的な理由などありませんから。 

「現実逃避しているのはむしろ私」 
⇒会社員および一人の男として気楽で充実した日々を送っている私には、
違うとしか言いようがありません。 

「批判するならば代案を出せ」
⇒科学者ではない私に言えることは、せいぜい

○バランス良く色々な物を食べる 
○食物繊維や乳酸菌などを摂取して便通を良くする
 (放射性物質が消化管内に滞留するのを防ぐ) 
○食べ物はよく水洗いする 
○カリウムを多目に取ってセシウムを排除する 
○カルシウムを多目に取ってプルトニウムを排除する 
ぐらいです。

ごく当たり前のことですね。
私は飯山氏と違って分相応のことしか言いません。 

書籍はこれがいいと思います。食品安全性の専門家による本です。 
畝山智香子著「安全な食べもの」ってなんだろう? 
放射線と食品のリスクを考える(日本評論社)
http://www.nippyo.co.jp/book/5739.html 

「私が自分の信念に合わない情報を選択しない事を
 何故貴方に説明する必要がありますか?」
⇒情報源が偏っていて信頼性に欠けることを認めるわけですね?

私がなぜ他人の批判ばかりしているのか理解できないようですが、
理由は極めて単純です。 
他人の愚行を嘲笑するのは非常に楽しいのですよ。

バードウォッチングのようなものだとお考え下さい。 
鳥好きが珍しい鳥を見て喜ぶように、
私は愚行を犯す人間を見て喜ぶのです。

*********************** 

さて、では最初から(笑)

>「玄米は白米より放射線のリスクが大きい」と
>指摘したことに対する反論はありませんね。

それはご自分でお考えになってお決めくださいね。
前にも申しましたように私が『反論』する必要はありません。

白米でも玄米でも、
貴方がお好きな方をお召し上がりになればよいのですよ。
また、貴方が食べもしない物なら、安全性を云々しても仕方ないですよ。 

>放射線のリスクを軽減するために
>玄米を食べているのではなかったのですか? 
>本末転倒では? 

私は原発事故が起こる前から玄米を食べております。
原発事故の後に、玄米の産地を変えただけです。
この事の何が『本末転倒』なのでしょう?(笑)
それとも、私は玄米を食べたい時には貴方の許可が必要ですか?

>「問題なのは、白米か玄米かなどという単純な比較ではないのです」
>ということならば、なぜ玄米に固執するのですか? 

玄米を食べたいと思って食べる事が「固執」ですか?(笑)

私が食べるのが白米か玄米か、貴方にとってそんなに大事なのですか? 
私の健康をご心配いただいているのなら結構ですので。

ちなみに、玄米は10~12時間置いてから炊きます。 
(アブシジン酸などの関係)
少しお塩を入れて炊きますと、本当に美味しいです。

>自分では謙虚で温厚な人間だと思っております。 
>ただ、以前にもお伝えしたように、
>からかって面白そうな相手には必要以上に攻撃的になるだけです。

以前にも似たようなやりとりがあったように思います。

>私は特別に無礼な人間というわけではありません。 
>相手によって露骨に態度を変えるだけです。 


それを無礼というのですよ(笑)


…という、やりとりでしたっけ。

謙虚で温厚な方が、相手によっては必要以上に攻撃的になる…
なるほど、自己分析には長けていらっしゃるかも知れませんが
判断力は今1歩ということ感じでしょうか?

「謙虚で温厚な人間」ならば、
必要以上に攻撃的にはならないのではないでしょうか?

>「相手の逃げ道を断ち、反論できない状態に追い込んで
>無抵抗の相手を叩きのめす悪い癖がある」と
>以前指摘されたことがあります。
>今回もそうですね。

え~っと、それは何か…その、自慢なのでしょうか?

「反論できない状態に追い込んで」
「無抵抗の相手を叩きのめす悪い癖がある」

って、申し訳ありませんが…大爆笑です。
そして、「今回もそうですね」で再び大爆笑してしまいました。
こんな時間に。
貴方は、私が考えていたよりもずっとずっと
ユーモアがある方だったんですね。

つまり、貴方の中では私は
「反論できない状態に追い込まれ」
「無抵抗なのに叩きのめされている」って事ですね。

では、私は被害者なんですね?…気が付きませんでした。

>その癖を直すつもりは全くありませんが。
>他人を批判してはいけないという法的・倫理的な理由などありませんから。 

いえいえ、よろしいと思いますよ。
どうぞそのまま、ありのままで行かれてください。
そして笑いの種をこれからも提供してください。
できれば、こことは別の場所で。

>○バランス良く色々な物を食べる 
>○食物繊維や乳酸菌などを摂取して便通を良くする
 (放射性物質が消化管内に滞留するのを防ぐ) 
>○食べ物はよく水洗いする 
>○カリウムを多目に取ってセシウムを排除する 
>○カルシウムを多目に取ってプルトニウムを排除する 
>ぐらいです。
>ごく当たり前のことですね。

ありがとうございました。参考にさせていただきます。

>私は飯山氏と違って分相応のことしか言いません。 

そうですか。
私には、飯山さんの「分」がどのくらいか見当がつかないので
飯山さんと違ってと言われてもちょっと分かりませんね。

同じ様に、貴方の「分」もハッキリとは分かりませんので
そのご発言が「分相応」かどうかは判断つきかねます。

>書籍はこれがいいと思います。
>食品安全性の専門家による本です。 
>畝山智香子著「安全な食べもの」ってなんだろう? 
>放射線と食品のリスクを考える(日本評論社)

貴重な情報を有難うございました。
本当に、「安全な食べもの」って大切な問題です。

>「私が自分の信念に合わない情報を選択しない事を
> 何故貴方に説明する必要がありますか?」
>⇒情報源が偏っていて信頼性に欠けることを認めるわけですね?

本当にあんまり爆笑させないで下さい。
まさか本気ですか?
もし、心底からそう思っていらっしゃるなら
ちょっと今後は貴方への認識を変えて、
読解力の乏しい方として対応しなくてはいけないので
…正直シンドイですね。
でも、前にも云いましたが、その年齢にしてはあんまりじゃないですか?
それとも、またワザと…ですか?屁理屈大好きな小中学生のマネを?

>私がなぜ他人の批判ばかりしているのか理解できないようですが、
>理由は極めて単純です。 
>他人の愚行を嘲笑するのは非常に楽しいのですよ。

>バードウォッチングのようなものだとお考え下さい。 
>鳥好きが珍しい鳥を見て喜ぶように、
>私は愚行を犯す人間を見て喜ぶのです。

こういう、子どもじみた部分も貴方の持ち味なのでしょうが
それほど親しくない私にとってはどうにも奇妙な感じです。

この未熟さに、私はまだお付き合いしなくてはなりませんか?

せっかく様々な能力をお持ちのご様子なのに
無駄にしている部分が多くて勿体ない事です。

私のブログなんかで暇つぶししていないで
もうちょっと噛みつきがいのある方に挑んではいかがですか?
特に誰とは思い浮かびませんが。

私は貴方と違って、
愚行を犯す人間を見て喜ぶような異常性癖は無いので
あなたの愚行を見るにつけ「なんだかなぁ」という気持ちになります。

貴方はここで自己を解放して楽しまれているようですね。
でも、こんな風に他人に依存せずに
しっかりと一人で歩いていってくださいね、できるだけ。

理系出身の方にも、こういうタイプがいるんだなあ…
と家族に言いましたら

「人間だもの」と言いました。
そうですね、人間ですから、
みんないろんなプロセスを経て成長していくのでしょう。

ちなみに私は、自己啓発セミナーの経験はございません(笑)


>「自己啓発セミナーみたいな空虚な決意を述べるしか能のない人に
>『大人になりなさい』などと言われると泣きたくなりますね。」


などと仰ってましたが貴方は参加したことがおありですか?


>そろそろ潮時のようなので、このブログからは失礼します。

>もう書き込みません。

>管理人様は視野が狭くて思慮が浅くて幼稚ですが、
>誠意は多少あったようなので、楽しめました。 
>長々とお付き合い下さり、感謝申し上げます。


前回の貴方のコメントですよ。
・・・まさに空虚な決意でしたね。

********************

以上でございます。

私は、さほど善人ではありませんので、それ相応のお返事になりました。

ただ、こういう返信はイヤな気持ちになりますので、避けたいです。
できれば、もう少し経って…10年後くらいにしてください。

2011/12/26

白米か玄米かという問題ですか?(コメントから)

locust0138 さんから
12月24日のクリスマスイブに、再度コメントを頂きました。

もう、終わったお話ではありますがせっかくコメントを頂いたので…
私なりにお返事いたしたいと思います。


**********************

もう書き込まないと宣言しましたが、
管理人様の予想通りあっさり撤回してまた書き込みます。

嘘つきとでも口だけ野郎とでもお好きなように罵倒して下さい。 
私は自分が人格者だとは全く思っていないので、
人格面を批判されても痛くもかゆくもありません。 

今回は今までとトーンを変えてみます。
具体的には、いつものような「揶揄」ではなくまっとうな批判(のつもり)です。 

何やら玄米に凝っているようですが、
玄米は白米より放射性セシウムの蓄積量が多いと言われております。 
出典(社団法人 土壌肥料学会) 
http://jssspn.jp/info/secretariat/4137.html 
これでも玄米にこだわりますか? 

ブログのトップページに、
「考える努力を惜しむと、前に進む事を止めてしまう事になります」
というイチローの言葉を引用しています。
しかし、管理人様は本当に何も考えていません。

自分では真剣に考えているつもりでも、
客観的には何も考えていないのと同じです。
「下手の考え休むに似たり」ということです。

少しは理性や判断力を働かせて下さい。 
ブログやtwitterで色々な人と交流し、
情報の収集および取捨選択を行っていると豪語していますが、
その「情報」とやらは自分に都合のいいインチキ情報だけです。

自分の信念に合わない情報は完全に無視しています。 
交流する相手も賛同してくれる方のみで、
私のように批判する人間は視界に入らないようですね。
「どこかにつながる」で紹介しているサイトを見るとよくわかります。 

都合の悪い情報や批判は無視し、都合の良い情報や賛同のみ受け入れる。
だからこそ私は繰り返し現実逃避だと述べているのです。

少しは自分の信念や行動を客観視して下さい。 
長文失礼致しました。
賢明なご検討をお願い申し上げます。

********************* 

お久しぶりです。コメントありがとうございました。
コメントを頂いているのに先ほど気が付きました。
お返事が遅くなり申し分けありませんでした。

いろいろとご質問があるようですが、先ずは『玄米』について。


玄米についてどの程度ご存知ですか?
玄米については、取り扱い方、炊き方など
白米とは違う事も多少ありますがそれはご存知でしたか?


>玄米は白米より放射性セシウムの蓄積量が多いと言われております。


という、この説一つを持っての今回のご批判だとしたら
相変わらず…という感がぬぐえませんが。

福島原発の事故以来、安全な水や食べ物についての情報を探すのは
なかなか難しいようです。
すぐに目で見てわかる危険がなければ
判断が難しいので仕方がないですね。

私は玄米食は昔から少し経験があります。


また、原発事故以来、白米・玄米に限らず
自分なりに考えながら食材を選択しております。

ここでは、
何処のが「危険」だとか「安全」だとか言う話は
差し控えさせていただきたいのですが
白米だから安全、玄米だから危険という
短絡的な問題ではないという事はお分かりですよね?


我が家では白米・玄米共に
鹿児島県志布志市というところの、
作り手が分かる農家さんから無農薬栽培のものを
直接送っていただいています。

今後は玄米だけにして、
自分達で食べる時に精米して白米にする事も考えています。
保存に関しては玄米の状態の方が良いからです。


原発事故から9ヶ月の今の状況では、
場所によって放射線量の差があるだけで
どこが産地であっても完璧に安全な物などありません。

同じ様に、どんな種類の食べ物でも
完璧に安全な物はないと思います。

個人個人が出来る事は、できるだけリスクが少ないように
それでいて食べたいものを食べられる様に工夫するだけです。

例えば、野菜の洗浄の仕方にしてもそうです。


問題なのは、白米か玄米かなどという単純な比較ではないのです。

また、私が好きな玄米食をする事を
貴方にあれこれ言われる筋合いもないと思います。

>少しは理性や判断力を働かせて下さい


とのことですが、ご自分のされている事が、
「大きなお世話」であることに気が付いてください。

>都合の悪い情報や批判は無視し、
>都合の良い情報や賛同のみ受け入れる。
>だからこそ私は
>繰り返し現実逃避だと述べているのです。

私のどんな「都合」なのでしょうか?
私が自分で選択して自分で実行している事が
貴方のお気に召さないなら、貴方がやらなければいいだけなのですよ?

>少しは自分の信念や行動を客観視して下さい。 

では、お伺いしますが、貴方の信念とはなんですか?
色々な人のブログに行って独自の観点で批判して
説得することですか?何のために?誰の為に?

他人が信じている事を、自分に何の関わりもないのに
否定したり批判したりする事が楽しくて仕方がないですか?


>嘘つきとでも口だけ野郎とでもお好きなように罵倒して下さい。 
>私は自分が人格者だとは全く思っていないので、
>人格面を批判されても痛くもかゆくもありません。

私は特に罵倒するつもりもありませんが、
この文章に貴方の持つ性格の特徴がひとつ表れています。

貴方は、「痛くもかゆくもない」でしょうが
無理やり議論をふっかけられた相手はどうだと思いますか?

つまり、貴方は常に自分の事にしか気持ちが及んでいないのです。


もし、貴方の目的が論破ではなく、
真に相手の為を思っての事だとしたら、伝える技術が未熟過ぎます。


大切なのは、議論に勝つことではなく、
相手に正しく伝わるかどうかではないですか?

自分が言いたい事をただ言いたいだけならば、ご自分の場所でどうぞ。


私が自分の信念に合わない情報を選択しない事を
何故貴方に説明する必要がありますか?

私にそれを求めるなら、貴方も私が言うように
ご自分のその未熟な部分にもっと目を向け、人との交流の仕方を学んでくださいね。

私から見れば、貴方こそが現実逃避です。

人の信念や行動の批判をしている暇があれば、
ご自分の欠点に冷静に目を向け、
耳に痛い事を言う人間の言葉も真摯に受け止めてください。

貴方の言葉がこれまでも多くの人の心に届かなかった理由が
そこにある事を、キチンと自覚するべきです。

そんな暇はないと仰るのなら別に構いませんが
私のような者のブログにコメントを下さる時点で
「暇なんだろうなあ」と思っています(笑)

>自分では真剣に考えているつもりでも、
>客観的には何も考えていないのと同じです。
>「下手の考え休むに似たり」ということです。

この言葉は、今日のところは貴方の為にそっくりそのままお返しいたします。

貴方はそうではないかも知れませんが、
多くの人は原発事故の影響について不安を抱えながら
自分に出来る事を出来る形でやろうとしています。

日常生活の中で、それぞれの家庭でやっていることを
貴方は何の権利と根拠で揶揄したり罵倒したりするのですか?

相手が専門家や学者で、自説を論文として発表しているならまだ理解できます。
様々な批判の矢面に立つ事も含めての覚悟があるはずです。

しかし、貴方がやっている事は
一般人を面白おかしく批判して回っているだけです。

しかも、ただただ批判するばかりで、その先には何もありません。
人の抱える不安と、それを克服しようとする気持ちを踏みにじって…ただそれだけ。


何かの提案があるわけでもなく、ただ否定するだけ。 
された方にとっては迷惑な話ではないですか?

人が信じるものを、貴方が受け入れられないなら、それでいいではありませんか?
誰か、貴方に批判して欲しい、正してほしいと頼みましたか?
少なくとも、私はお願いしていません。
恐らく貴方は真面目で、少しだけお節介な方なのでしょう。

次回見える時には、もし可能であれば、
安全な食についての情報などをお寄せ下さい。
誰かの説を否定するばかりでなく、希望となるものを提供してください。

貴方がお子様をお持ちなら実感としてお分かりだと思いますが
これから一番影響を受けるのは子ども達です。


福島にも小さな子どもを持つ知人が何人もいますが、必死に不安と戦っています。
今妊娠中で、これから出産を控えている人もいます。

人を現実逃避だと責めている時間があれば
貴方の能力の及ぶ範囲で出来る事を探してください。

大学で学んだのは、それを人や社会に役立てる為ではないですか?
自己満足を責めるものではありませんが、能力を傾ける方向が少し残念です。

最後に、「痛くもかゆくもない」としたらわざわざそれを伝える事もないですよ。
私は貴方を、痛かったりかゆかったりさせたいわけではありません(笑)

寒さも本当に厳しくなってきました。
どうぞ、お体をご自愛下さり、良いお年をお迎えくださいね。

2011/12/25

乳酸菌生活、始まりは5月1日

ここ数日、片付けの合間に(サボる口実もあってw)
自分のブログを整理したくて、読み返していた。


3月11日の当日は、混乱の中
電気も水もアウトになった暗闇の中
ろうそくとランタンと懐中電灯を頼りに

帰宅できなくなった家族2名と
連絡が取れたことを心から感謝しながら、
状況が全く分からずただじっとしていた


真夜中2時過ぎ、電気が回復
テレビをつけて初めて『状況』を知る


…絶句。
言葉を失うとはこういう事か

巨大地震と津波の被害のあまりの大きさに
愕然としつつ朝を迎えてしまった 

その後、
国立大理系の学者繋がりからの情報がいち早く届き
サッシや換気扇の目張りをし、マスク、水を確保

以降1ヶ月半以上を怒涛の展開で過ごしたが
当時の事は断片的な記憶となってしまっている

ゴールデンウィークなんて、
意識もなかったその頃に
地震や原発事故の情報を探っていて
流れ流れて辿りついたのが…


飯山一郎さんと言う人のサイト

この記事、2011/04/27(水)もっとサバイバル (1)
を読んだのが最初のきっかけ。


そこから始めて、過去にさかのぼり記事を読んだ。
分からないところも多々あったけれど(遠い目)とにかく読んだ。

そして、5月1日、私の乳酸菌生活が始まったのだ。

その当時は、牛乳を使ってヨーグルトを作っていた。
乳酸菌の種菌を購入して。


それをやめて、お米のとぎ汁から乳酸菌を作り始めた。

ヨーグルトもできるようになった。

あらら、いままで菌にかかっていたお金は何?って感じだった。

今は、豆乳ヨーグルトしか作っていない。
うちの冷蔵庫からは、牛乳が姿を消した。

ツイッターから広がった新しい交流によって
情報がさらに増え、乳酸菌だけでなく塩麹を知り、大いに活用…


このささやかなブログのお客さまも少しずつ増え
乳酸菌、豆乳ヨーグルト、乳酸菌風呂、塩麹などなど
記事ごとのアクセス数を見ていると
今、どんな事に興味を持っている人が多いのか分かる。

自分が興味を持っている事に、同じ様に関心を寄せる人が多いと言う事は
もしかしたら、漠然と抱いている不安も
やはり方向が同じなんだろうなと感じている。

飯山一郎さんのブログ記事や過去のツイートを
思い出したようにまとめながら載せ
それと同時に、自分が今、興味を持っている事も書いた。

本当にいい加減でマイペースではあるけれど、
こんな風にブログを続けるようになるなんて…
自分でもちょっと面白がっている(笑)

5月1日に始まった乳酸菌生活が
今は、ごくごく自然に日常となっている。

そこにお塩や麹や、発酵食品、その他の物が加わり
自分なりに出来る事を淡々とやっている。

これから緩やかに厳しくなっていく状況に負けないように
安全や安心の為の工夫を考えていきたい。

ああ、今年もあと1週間ないんだなあ… ふぅ~

今した深呼吸は(笑)、
抱え込んだ不安につきまとう様々な負の感情を
しっかり吐き出して強く明るく前向きに
頑張っていきたいなぁという
気持ちのあらわれでございました。

本日は、前の晩から仕掛けておいた玄米100%ご飯
しっかりふっくら炊きあがってから、
ミネラルたっぷりの天然塩つけて作ったおにぎりが美味しくて…

玄米おにぎり・大根とお豆腐のお味噌汁・大根の柚子風味お漬物
塩麹に漬けてから焼いた鶏もも肉の玉ねぎ炒めで
お腹いっぱい、幸せ気分でございます。

お風呂上がりに豆乳ヨーグルトとバナナをいただき
ああ、このまま眠りに落ちるぞ~っと(笑)

…思ってたら、ブログをさぼっていたのを思い出し
益体もない事を何とか書き終わり
睡魔とコサックダンス踊っております(遠い目)

2011/12/20

揺らいでいた心が

3.11以降、心が揺らぐことが多くなっていた。

未曽有の惨事というものに
直面という程ではないにしても、それなりに日常生活に影響を受け。

様々な情報が飛び交う中、
自分なりの対応をせねばという焦燥感・切迫感はきっと
みんな多かれ少なかれ感じているはず。

その一方で、
いや、動揺してはいけない
徒に恐怖に支配された早計な行動はいずれ自分の首を絞めるし
周囲に与える影響も出てくるはず…
そんな風に、刻々と移り変わりグルグルとめぐり
安定だったり不安定だったりする思い。


この降って湧いた理不尽な出来事に自分でも次第に苛立ってくる。


じゃあ、一体、何をどうすればいいの?


出来ることしかできないし、無理なことでは続かない。

そんなこと分かってる。
でも、このままで良いわけはないんだから。


広島・長崎・チェルノブイリ・セミパラチンスク
様々なデータがある

生かす事は出来ないんだろうか?何かできる事はないんだろうか?

情報はいろいろ飛び交ってはいる。
でも、本当にいろいろで、どれも本当の様な嘘の様な…

地に足付けて、毎日の生活の中で 特別でない事、誰にでもできる事
探さなきゃ、見つけなきゃ、
このままじわじわと、家族も自分も何かに蝕まれていく気がする。

そんな中、ふと辿りついたのが手作り乳酸菌
そして、その流れでツイッターから広がった新しい人間関係の輪。

さらにそこから得た情報や知識、
その中から自分にもできる事を見つけようとした。

今、私の日常の中には、
ごく普通に、乳酸菌をはじめとする発酵食物があり
産地と作り手の見える玄米があり、
ミネラル分を充分に含んだ質の良いお塩がある。

豆乳ヨーグルトを作り、乳酸菌入りの風呂を作る。
塩麹を作り、様々な料理に活用する。
お塩を使って調理し、お掃除にも乳酸菌やお塩を使う。

外出時のマスクも、ほとんど気にならなくなった。

いま、すぐにはどこもにも行けない状況だったら
ここで出来る事に最善を尽くすしかない。

そう決めてしまえば腹も据わる。

沢山の人達が自分に出来る事をしながら、人の役に立つ事をやる。
情報が活発にいきかい、みんながそれぞれ自分の判断で、自己責任で、
色々な事を試しては、その状況をまたみんなにフィードバックする。
自分の事としてやりながら、他の人にも役立てるようにと考える。


「じゃあ、何をどうすればいいの!?」というところから出発して
いつまでもそこをグルグル回っていないで 
誰かのせいにして恨んだりなじったりしていないで
人のやる事にいちいちケチをつけたりしないで
いろんな事を試行錯誤しながら
互いにいろんなものを提供し、そして得る。


安心な空気は?
安心なお水は?
安心な食べ物は?

誰かが探しているものを誰かが知っていないか?
誰かが求めているものを誰かが提供できないか?

誰かが抱えている不安や苦しみがあれば
誰かの経験や誰かの知恵で
乗り越えるきっかけをつかめるかも知れない。


依存し合うことなく助け合える繋がりはとても心地よく、
自分も誰かの何かの役に立ちたいと、
自然に思うようになってくる。


この世界は、本当に必要としていて、
真剣に求めるならば、きっと与えられるんだろう。

聖書の言葉にもそんなものがあった気がする

もしかしたら、

自らが求めなければ
与えられないと思った方がいいのかも知れない

私の揺らぐ気持ちも、相変わらずあったりするけど(笑)
いつまでも揺らいでいても仕方ない。


生きていれば誰でも何かが起こ。
生きていればいつか終わりは来る。


今のままではきっと後悔すると思うから、
私はまだまだ、できる事をやっていないんだろうな。